先日の日経新聞に「象、名前で呼び合うゾウ」というタイトルの記事が掲載されていた。
その中で、以下のような記述があった。
象がお互いを名前で呼び合っている可能性が高いことが、米国の動物学者らの研究で分かってきた
象は「死」という概念を理解し、仲間を埋葬する儀式を行うほどに知性が高いので、名前で呼び合う程度のことは当然のことのように思える。
他の動物はどうなのだろうか。この点、表題のタイトルの書籍が非常に興味深い内容だった。
彼らのコミュニケーション能力の一部を紹介しよう。
前提として、「言葉」というものは、コミュニケーションの手段である。我々人間は基本的に「音声」をその手段としているが、他の動物における手段は、必ずしも「音声」に限られないことに留意されたい。
①犬
・他の犬の唸り声の意味をよく理解できる。遠くからでも、食べ物を守っている声なのか、侵入者を阻止している音なのかを理解し、声の主が怒っているのか判別することができる。
・写真であっても、人間の顔を見てその人の感情を推し量ることができる。飼い主が落ち込んでいるようなときに寄り添ってきてくれる(犬の飼い主であれば誰しも経験したことがあるだろう)のは、まさに感情を読み取ってくれているからに他ならない。
体色の変化でコミュニケーションを取る。その色の変化に文法が存在する可能性もある。
③カラス
・「人間」「犬」「猫」を意味する音がある。猫については、幼い猫と、幼鳥を襲う危険がある成猫を違う音で表現する(!)
・仲間が亡くなると、その仲間を囲んで騒ぎ立てるという一種の葬式を行う。
・侵入者によって音声を使い分ける。音声で、侵入者が空から来るのか地上から近づくのかが示される。
・意味のある構文で、動詞や名詞、副詞を使う。
・警戒音だけでなく、社会的なおしゃべりをしている。
以上、ほんの一部を紹介したが、いかがだろうか。文法が存在したりする点など、なかなかの驚きではないだろうか。
この本は、このような事例を示すだけに留まらず、コミュニケーション手段を有することをふまえ、動物にも「心」があり、今後動物が人権のような「権利」を得ていく可能性がある点にまで踏み込んでいることが独創的だった。
すなわち、思考するためには言葉が必要だが、言葉を有するのは何も人間に限った話ではない。ということは、他の動物たちも思考している。そして、単に思考するだけでなく、他者の視点から物事を考えることができる動物もいる。例えば、カワセミなどの鳥類は、パートナーが喜ぶだろうと思うものをプレゼントとして持ってくるのだ。
このように、思考し、他者の立場になって物事を考えられる生物を邪険に扱ってよいのであろうか。現在の人間社会は、あまりにも人間中心に考えてはいないだろうか。
権利というのは、そもそも奴隷でない成人男性のみに認められていた。奴隷、女性、子供には存在しなかったのだ。それが、時の流れとともに拡大してきた。これを踏まえると、今後、動物が権利を獲得していくことも否定できないのだ。
もっとも、日本では「アニマルウェルフェア」という概念すらまだまだ認知されているとはいえないので、道のりは遠いと思われる。が、少しずつでも周知が進んでいってほしい。人間と動物がもう少しうまく共生できる社会が到来することを心から願っている。
そして、動物が好きな方、興味がある方は、ぜひ当該書籍を読んでみてほしい。驚きの知識が満載で、動物への見方が変わること請け合いだ。